| 廟所だより(22)―――
吉葉山潤之輔の墓(第四十三代横綱) |
今年の大相撲は朝青龍関が十回目の優勝を飾り、幕をあけました。歴代横綱の中で「悲運の横綱」とよばれ、雪の降りしきる中での優勝パレードが今も語り草となっている「吉葉山潤之輔」を紹介いたします。
吉葉山が相撲部屋に入門したきっかけは、上野駅で他人と間違われてスカウトされ、そのまま入門したというものでした。当初は北糖山と名乗っていましたが、悪性の虫垂炎に罹り、吉葉庄作博士のおかげで一命をとりとめた後は吉葉山と改名します。その後、十両入りを決めたところで招集を受け、四年間戦地に赴きました。部屋に戻ってきた時には幽霊と間違えられたといわれる程ひどく痩せてしまったため、とにかく体を戻そうと食べ続け、招集から五年のブランクを経て復帰。美男で悲劇性のある土俵歴から大変な人気がでたものの優勝歴は一回でした。この優勝で横綱昇進を決め、大雪の中でパレードを行った「雪の全勝行進」には大勢の人々が参集し、伝説となっています。
吉葉山は史上初の殊勲賞連続受賞や、新聞の前評判で実力第一といわれる程の地力の持ち主でしたが、横綱時代は故障に悩まされ、昭和三十三年初場所で引退を発表します。引退後も宮城野部屋を開設して後進の指導にあたり、相撲協会理事をつとめるなど相撲会の発展に寄与しました。
吉葉山のお墓は桜並木の手前を右手に曲がり、階段を下りた左側にあります。わかりにくい場合はお気軽に職員までお尋ねください。(文中敬称略)
「廟所だより」は今号が最終回となります。二年間にわたりご愛読いただきありがとうございました。(編集者 拝)
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